二つのカップル

吉田正二(40歳)
吉田亮子(20歳)

宮沢和正(39歳)
宮沢玲子(36歳)

仲居に案内されてながい廊下を歩くと料亭の中庭が見渡せる渡り廊下に出た。渡り廊下の下には小さな水路がしつらえてあり、静かな音を立てながら水が流れている。月明かりに照らされて、細部まではしっかりと見ることができないがそれでも手の込んだ庭である事はわかる。初春の夜の甘くたるい空気が流れているようだった。玲子はこんな場合でなければ暫くここに佇んでこの風や水の音を楽しみたかったが、やはり緊張でそのような心は動かない。
離れのような一室のふすまを開けると吉田正二がひとりお猪口を上げて窓の景色を眺めていた。正二は玲子を迎えると座布団から降り、居住まいを正して一つ深々と頭を下げた。好くお越しくださいました。さあ。という正二の進めで玲子が席につくと仲居が手馴れた風に膳に手を加え、飲み物を聞く。アルコールなど飲める気分ではない、お茶だけを頼むと身を硬くして正二に向かい合った。
吉田正二、40歳。なんでも小さな貿易会社を経営しているという。物静かで上品な物腰、着ている物や、この料亭などをみてもそこそこに仕事は順調なのだろう。しかしやはり玲子の前では笑顔を見せない。これまでも数回逢っているが、常に苦虫を噛み潰したような顔をしている。無理も無い。彼、正二の娘亮子が、玲子の夫である和正と不倫の関係になってしまい、今和正の両親、玲子の両親を交えて善後策を協議しているところなのだ。
一番の問題は一番の被害者である妻の玲子と二人の子供。両親たちはなんとか夫婦仲を修復させようとしているのだが和正は詫びはするものの完全に心は若い亮子に向いてしまっている。そして亮子も、そのおとなしい風貌と、どこか儚げな振る舞いに似合わず強硬に和正を求めている。そして今、二人はどこかに居を構え同棲を続けている。玲子の心は完全に和正を離れ、ただ考える事は子供たちの将来の不安だけだった。

(続く)