本当の「プライド」

少々前に東京裁判史観を覆すってんで東絛英機を主人公にした映画が作られた。東絛英機なんてのは、結局「自害」も碌にできない武人としては無様極まりない男だったわけであり、その一事をもって武人としては全否定をされても仕方がないだろうと思う。それをあたかも「プライド」高き者であるように描くというのは、日本の武門の閾値を下げるだけの作業であり、プライドを地に貶めるだけの行為だったのだろう。

実は、当時。東京裁判とともにもう一つの戦争が、そして本当の戦争が東京で行われていた。
それが憲法制定作業であり、連合国、GHQを相手に日本はこの戦いに勝利を収めることができた。戦後の繁栄を考えればこの戦いが勝利であったというのは実証的であり、間違い無く件の映画が描くような観念的な(というよりは妄想的な)勝利よりも意味があったものに違いない。

この稿続くにしよう。お風呂に入ってきます。
一言だけ、その戦いを戦ったものが、幣原喜重郎であった。