グアンタナモ

星条旗

先ほど録画しておいた「NHKスペシャル 21世紀の潮流―アメリカとイスラム― 第一回 カリブの囚われ人たち」を見た。
ファナティックな米国の「テロとの戦い」が却って米国の存立基盤そのものである「自由」と「独立」を踏みにじり、国際社会に陰鬱な陰を落としている事は疑いの余地は無い。
いったいこんな嘘にまみれた弾圧を続け、支持できるのは何故かさっぱり理解できない。つまり多分、この番組にしたところで、判っている人は見るだろうし判っていない人は見向きもしないだろうという事だ。そしてそういう人々は知らぬ間に多国籍軍編入されかけているイラクへの自衛隊派遣だって賛成なんだろうし、それを決定した小泉の判断において「大量破壊兵器はある」とした誤りにも気がつかないという事なんだろう。大本営発表が今だって充分まかり通るという事だ。なんて統治しやすい国なんでしょう。
と、こういう事を書いているとまた200行ぐらいすぐにオーバーしてしまいそうなのでちょっと脇道の話しをしてみたい。
すぐに終わる。
グアンタナモ基地で日々抑留の憂き目に遭っている人々は米国の安全の為に囚われているということなんだろう。危なっかしいヤツはどんどんひっ捕まえて隔離していけばセキュアだとでも言いたいのだろう。
安全で快適な生活。それを得るためには他人様を踏んづけても平気だってことなんだ。なるほど。こんなファナティックな話は無い。日本国内における対北朝鮮が丁度こんな感じだな。米国無いにおける「ムスリム」と日本国内における「北朝鮮」そして、その昔の「鬼畜米英」更に言えば「クリンゴン」だの「ボーグ」だの。単純に「敵」を見つけてそれを全否定してかかり。理解を示さず、それが為に理解できず、そして理解できないから恐れる。さらに恐れるから弾圧する、どのような人権侵害にも無理解を示す。
セキュアを求め、勇ましいような事をいう奴というのは、本質を見失った小心者でしかない。
愛国心とはならず者の最後の言い訳」と言われたが、今では「愛国心とは臆病者のリトマス試験紙」と言えるだろう。
そして迷惑な事に、こういった臆病者の行動が却って全体の安全を脅かす事になるわけだ。新宿だけが安全になれば良いというものではない。


コミュニケーション能力 ― 付言

昨日のコミュニケーション能力って話題で二つ言いたい。一つ目は「分り合えない者からは離れる」これもコミュニケーション能力だ。というか、前提として押さえておくべき事柄だろう。一般的なコミュニケーション能力ガラミノ本と言うのはこういった当たり前の前提をすっ飛ばすから問題がある。あたかもどんな奴とだってこの本さえ読めば、この方法さえ使えばコミュニケーションできますよ。ってな書き方がしてあったりする。そりゃ無理だ。そして更に判らなくなって、落ち込んだり萎縮したりするんだ。無理な奴とは無理。
上手い事を言ったヒトが居た。「臭いから無駄。(´ー`)y-~~。」
価値観が異なれば説得なんぞ成立しない。できる会話はその価値観の相違がどのようなものであって、その相違を尊重してお互いがどう共存できるかの模索でしかない。
価値観を自分に合わせてくれだのと説得にかかることは幼稚な病理と断じるしかない。そんな事を願った時には自分自身に問い掛けるべきだ。「なぜ自分はこのヒトに自分の価値観を判って欲しいと思っているんだろうか」と。つまり、自分自身が充分に自立できていないが為に他人に寄りかかりたいに過ぎない。
もう一つ。これはわたしのレクリェーションなので読まなくても良い。読むと損する(竹内派)
この社会でコミュニケーション能力を身につけるチャンスを逸する存在と言うのが色々とある。その内の3つを取り上げてみたい(ね、レクリェーションでしょ)。
1.専業主婦
主婦と言うのは説得の機会をあまり持たない。説得とは主に「金を手に入れる」という機会に必要とされる。主婦は「金を手に入れる」という場面からは距離を置く存在だ。逆に「お金を使う」場面に身を置く。家庭のバイヤーとして、そこにも苦労はあるのだろうが、それはコミュニケーション能力とはまた異なる。
世間話が好きで、暇があれば集まって延々おしゃべりに興じる彼女たちを見るとコミュニケーション能力が無いなどとは思えないかも知れない。しかし彼女たちの会話の中身を見ればその情報量の少なさ、またその目的の欠如に驚く事だろう。実際わたしはある機会にこの「主婦の会話」を書記する羽目になって、その議事録の内容の無さに呆れたものだ。
彼女たちの会話は結局一つの目的しか持たない、それは「仲間意識の確認」に過ぎない。そこで繰り出されるコミュニケーション能力とは追従と情動的な「安心感」でしかない。お昼のワイドショーもここに収斂するんだろう。
2.公務員
専業主婦がコミュニケーション能力を奪われている理由に「金を手に入れる」という機会がないと言ったが、彼等もまたそういう機会を失っている。確かに彼等は労働をして「金を手に入れる」という作業をしているには違いないがそれは単に時間を切り売りしているに過ぎない。幾らでも代替可能な労働は「金を手に入れる」という機会とはならない。
このコミュニケーション能力を発揮して「金を手に入れる」という機会に立っているか否かは簡単に見分ける事ができる。それは「頭を下げるかどうか」だ。先の専業主婦も頭を下げない。中には何かの関係で謝罪しなければならないような時でも「なぜあんなひとに頭を下げなければならないの」と怒る。頭を下げる事ぐらいにどんな抵抗感があるんだと思うが、もうこうなっては「コミュニケーション能力の筋肉硬化」とでもいったような症状なんだろう。
3.キャリア
専業主婦、公務員に続いて「頭を下げない」代表のようなものだ。
所謂国家公務員のキャリアだけではなく企業のエリートと呼ばれる部類もこれに入る。確かに彼等は頭が良い。交渉事もこなす事だろう。しかしコミュニケーション能力とはそれだけでもない。時折、とことんこの能力が壊れた奴が居て非常に面白い。これは何故かというと、「肩書き」という説得力に寄りかかる癖ができてしまっているんだろうと思われる。
彼等の組織、そしてそれを取り巻く周辺において彼の存在は彼そのものではなく彼の肩書きで推し量られる。彼の発言は彼のものではなく彼の肩書きから発せられたものと了解される。立場によっては神の啓示にもなるわけだ。で、その説得力を勘違いして独立してあたふたすると言う図は世間に掃いて捨てるほどある。
4.金持ち
これも「頭を下げない」。自分で考えずにすぐに福沢諭吉を使おうとする。これを繰り返していると頭が動かなくなる。そう、下がりもしなくなれば回りもしなくなるということだ。
あ。、4っつになってしまった。こういうときは「スペイン宗教裁判!」と言うと良い。
なんにせよ、人間他人から頭を下げられ始めたらよくよく気をつけないと馬鹿になる。


陳腐な表現に鈍感?

まあ、上に書いたような事は、ちょっと前に起こった「はてなキーワード戦争」(第●次ぁVSコロッケ*1紛争)にも当てはまるなぁ。あまり萌えない。「臭いから無駄。(´ー`)y-~~。」
それは良いんだけど、このページは左に「注目キーワード」があるんだが、この何日か「_| ̄|○」が居座っているな。
まあ、ヒトが面白いと思っているンならそれで良いし、確かに「価値観」と言われればそれまでなんだろうけど、恥ずかしくないか?
なんだろうかなぁ。「トレンドキラー」ってのが居るよな。ミキハウスを潰したのが「毒入りカレー事件」かも知れないけど、デザインストッキング殺したのは「おばさん」で。
こういうWebの世界で言えばコロッケの人々という事になるんだろうかね。


*1:この命名もあまりきにいらねえなぁ